耐震棟瓦工法 完成までの経緯Background to completion
はじめに
2003年5月26日に発生した三陸南地震をきっかけに当社の「棟瓦耐震工法2004年仕様(特許第4804859号 ※以後2004年仕様と表記)」が完成しました。それ以前は「2000年仕様」の棟金具と鉄筋を使用した耐震工法を行っておりました。「2004年仕様」のポイントは、
- 棟の軽量化
- 施工の準乾式化
- 棟と棟下の桟瓦の一体化
- 組棟の耐震施工法の確立
の4点です。
「2004年仕様」を完成するまでには1年以上の試行錯誤期間を要しました。棟瓦の耐震施工という考えは、当社でも従来から行っていたように特に目新しいものではなく、業界で定めた施工ガイドラインにも書かれてありますし、資材メーカーからも部材も何種類も発売されていました。また、オリジナルの施工法(特に乾式施工)についても多くの発案があり、部材も販売されておりました。それなのに、なぜ当社があえて独自の施工法を開発しなければならなかったか。その理由は、
- 従来の工法は、使用する部材が特殊で価格が高い。相当の割増料金をいただかなければ採用は困難
- 施工性が悪い(手間がかかり過ぎて現実性がない)
- 使用できる瓦が限られている。また、カラーヴァリエーションが限られる。
- のし瓦の「散り」を自由に取れない。職工の独自の美意識を反映できない。
- 組棟(透かし化粧)に対応した耐震施工法がなかった。
と言うことです。耐震施工法は数あれど、必ず上記の(1)~(4)の何れかにひっかかり、(5)に至ってはクリア出来る工法自体がありませんでした。
当社が目指した理想の耐震工法の条件は次の4点です。
- 特殊な部材に頼らない、誰でもどこでも手に入る部材で組める工法
- 作業性が良いこと
- どの瓦にも、どのような葺き方にも対応可能な工法
- 解体が簡単で部材が再利用できる工法
つまり、従来の工法と比較し、「誰でも、自由に、安く」施工可能な耐震工法です。4については地震の後、屋根瓦の点検を依頼された際に、一見被害は認められなくとも目に見えないダメージを受けている場合もある、と感じ、ならば簡単に解体出来て内部を点検し、かつすぐに組み直せる棟であればいい、と痛感したことから掲げました。廃材も少なくてすみます。
原案を元に、2003年秋から、実際の現場で施工性の検証を始め、暮にはひとつの形が出来ました。次にどうしてもその工法の成果を検証してみたくなりました。実際に棟を積んだ瓦屋根に振動を与えてみたい。そこで調べたところ、宮城県の東北職業能力開発大学校に、実験が可能な施設があることが分かり、翌2004年の3月から実証実験を開始しました。実際に屋根を揺らして見て、それまで気付かなかったこと、もしくは頭で分かっていても実感できていなかった多くのことが分かってきました。実験を行う度に改良点が見つかり、結局耐震実験はその後7回、揺らした屋根架台数は20台以上となりました。全過程をビデオ撮影してありますが、ここではその幾つかを御覧いただきたいと思います。
※1.周波数(ヘルツ)と加速度(ガル)について
今回の実験では振動の強さを周波数と加速度で指定しました。
加速度とは、単位時間当たりの速度の変化率です。100ガル=1m/S2。
周波数は、この場合振動数といった方が分かり易いと思いますが、要するに単位時間に何回揺れたか、を表します。1ヘルツ(Hz)は単位時間内に1回、6ヘルツは6回揺れることです。
従って、加速度が一定で、周波数が10Hzから2Hzへ変化させていけば、ブルブルと震えるような揺れから、ゆさゆさという大きな揺れへと変化してゆきます。
※参考:震度 - Wikipedia
※2.棟に使用する湿式材料について
当社のある岩手県では、一般に棟を納める際にモルタルを使用します。全国的にみればモルタルを使用するのは岩手県の他は宮城県北部、秋田県、青森県といった寒冷地に限られており、他の地域では南蛮漆喰を使用するのが一般的のようです。寒冷地では南蛮漆喰は凍害にかかるため長く持たず、嫌でもモルタルを使用しなければなりません。強度はモルタルの方が高く、地震の際、南蛮漆喰の棟は屋根の上でぐしゃりと潰れたように破壊し、モルタルの棟はどちらかと言うと固まりになってずり落ちます(壊れ方が違う)。
当社の耐震工法は棟土にモルタルを使用することを前提としています。
1.初回実験
まず始めに何も耐震施工を行わない棟瓦が、地震の影響をどのように受けるかを検証する実験を行いました。これによって棟の崩れる過程が明らかになりました。
棟瓦の崩れる過程は
- 最初に棟下の釘止めされていない瓦(業界で言う勝手瓦)が抜け落ちてきます。
- 次に、土台を失い不安定になった棟がずり落ちてきます。
したがって、棟の耐震の一番の基本は土台となる桟瓦(勝手瓦)の釘止めを確実に行うことにあることが分かります。考えてみれば当たり前のことです。固定されていない桟瓦の上に重い棟を載せただけでは衝撃を受ければ棟はずり落ちます。この当たり前のことを行っていない瓦工事店がほとんどだったのです。勝手瓦を釘止めする場合はあらためて瓦にドリルで穴を開けねばなりません。実はこの手間が結構大変なのです。
(尚、この架台の袖瓦の左右が合っておりません。大変不細工な施工でお恥ずかしい限りです。実は、最初の実験は事前に現地に材料を持ち込んで施工しており、日帰りで3台の架台を組んで来たのですが、時間の制約があり、実験に影響がないだろうということで、これで済ませました。インターネットで披露する予定もなかったもので…言い訳でした。ちなみにその翌日、この時の職人は腰痛で休みました。)
2.耐震工法2000年仕様
実験動画
次に地震の前まで行ってきた耐震工法の検証です。棟が崩れることはなく、一応の成果は確認できたのですが、次の点が課題となりました。
- 何度も振動を与えるうちに、棟下の勝手瓦とモルタルが剥離してくる。
- 揺らした時の音が怖い→振動台に負担がかかっている→重量が重い
1は、剥離した部分から雨水が毛細管現象で棟の内部に吸われていく可能性が考えられます。すぐに雨漏りにはならないでしょうが、勝手瓦を支えている桟木の腐食を早めることが危惧されます。2は準乾式工法の架台を揺らせて見たときに強く感じました。当社の準乾式工法はモルタルの使用量が少なく、特に一番てっぺんの丸瓦の下にはモルタルが詰められていません。同じ振動を与えても静かに揺れます。使用するモルタル量の違いなど僅かなことと思っていたのですが、棟というある程度の高さに積んでゆく部分の重さの差にモーメントが働くと、予想以上に大きな差を生むことをまさに実感しました。
この実験から学んだことは
- 棟下の勝手瓦と棟瓦を剥離させない方法を見つける必要がある。
- 万一剥離がおこって毛細管現象が起こった場合を考えて、棟下の桟木は腐食しない材質(当社は樹脂材を使うことにした)にすべき。
- あらためて棟の軽量化の重要性を認識した。
1はかなり難問と思われたのですが、突然のひらめきから解決しました。今となっては、当社の耐震工法の中でもっともオリジナリティの高い部分だと思っています。部材は山平という三州の瓦メーカーが開発したダブルロック釘を使用します。もともとは平板瓦を止める為に開発された釘ですが、この釘を使って勝手瓦を止めます。すると、勝手瓦のモルタルで隠れる部分にL形の突起が立ち上がるのです。ここをモルタルで覆い棟の台面を作れば、勝手瓦と棟の台面部分が強固に一体化します(施工マニュアリング・施工図CADデータ参照)。この工法を採用した以後の映像をみると、棟瓦と棟下の桟瓦(勝手瓦)が一体となって揺れていることがわかります。
3.組棟の耐震試作品の検証
組棟耐震工法実験
一連の耐震実験映像集の中で、もっともインパクトがある映像がこれです。私が知る限るでは過去に例がない組棟(しかも透かし化粧)の耐震技術の開発には頭を痛めました。何度か振動実験の失敗を繰り返しましたが、逆に振動実験なしに完成までは辿り着けなかったと思います(頭の中で考えただけでは到底無理でした)。この実験でも最終的に棟は壊れますが、その壊れ方が理想的というか想定通りだったのです。1回目から3回目まで崩れず、4回目の執拗な振動でついに壊れました。ここで確信を得て、組棟の耐震工法が完成しました。
4.最終検証
2004年10月8日。最終検証実験が行われ納得の成果が得られました。業界紙である屋根経済新聞社の取材も入り、宮城県瓦工事業組合の皆さん、資材メーカーさん、そして当社の従業員全員が見守る中、3台の架台に執拗に振動を与える過酷な実験を披露しました。尚、特許出願の関係で、丸瓦の断面など一部モルタルで隠してあります(モルタルを詰めているのではありません)。
耐震工法2004年仕様
- のし瓦4段丸瓦1段積み3回目 (計8回加振し、破壊部分は認められない)
- のし瓦5段松皮のし3段丸瓦1段積み2回目 (計4回加振し、破壊部分は認められない)
- 組棟のし瓦5段松皮菱3段丸瓦1段積み2回目 (計5回加振し、破壊部分は認められない)
こうして当社の「棟瓦耐震工法2004仕様」は完成を見ました。が、一方で複雑な思いがあるのも事実です。確かに、実際には有り得ないほど過酷な振動を与えても、当社の棟瓦は崩れませんでした。しかし、それが本当に良いことなのか。振動実験の現場に何度も立ち会っていると、振動台から屋根架台へ、さらに屋根架台から振動台へと帰ってくる力の伝播を実感します。時には振動台がその力に耐え切れずストップしてしまうこともよくありました。現実の地震が発生した場合を考えれば、屋根瓦が強固に振動に耐え屋根に居座っているということは、それだけ建物に帰ってくる力も強くなることです。力=加速度×質量ですから。建物のことだけを考えれば、瓦は早めに壊れて落ちてしまった方が良い、ということになります。勿論、現実にそんな施工が許される訳はありません。耐風性能を考えれば屋根材はある程度の重量があった方が良いでしょう。確実に言える事は、瓦の場合、重量は充分ありますので、やはり軽く出来るのであれば軽くする方が良い。また、揺れを吸収するような柔らかで粘り強い壊れ方が良い、ということだと思います。従って、耐震工法2004年仕様の成果は、棟を軽量化し、かつ部材間の接合部分が、可動してもすぐには分離しない粘り強さを持たせたことだと思います。
5.特許申請への経緯
耐震工法2004年仕様について、最初は特許を出願することは考えておりませんでした。ある資材メーカーの営業さんから強い奨めがあって、特許というものを視野に入れ始めたのですが、勉強してみて大きな疑問が沸いてきました。それは
「特許って世の中の為になるのか?」
特許をとるためには「新規性」と「独自性」が必要とのことでした。それは良いのですが、今回の耐震工法を実現するに当り、一番苦労したのは、「アイディア」を「実用化」することでした。アイディアと実用化の間には、ホントに暗くて深い河があります。特許公報を見ると、アイディアと名の付くものは、殆んど新規性も独自性も入る隙がないほど出尽くしてます。例えばAさんが、あるアイディアを思い付き、血のにじむような努力とたいへんなお金を費やし実用化したとします。しかし、実はそのアイディア自体はそれ以前にBさんが特許を取得していた、とします。それを知らずにAさんは製品を作り発売します。Bさんはここぞとばかりに自分の特許権を主張します。AさんはBさんに、特許料を支払うか、それを拒否すれば苦労して世に出した、しかも世の中のために有用なその製品を市場から引っ込めざるをえません。努力が水の泡です。知的財産の保護は分かりますが、それ以上に、アイディアを形にする苦労ももっと保護すべきです。今のままでは「実用化の苦労」は「知的財産」に従属する位置に置かれている気がします。瓦に関する特許公報を見ても、「そんなことは誰でも思いつく、それを実際に現場でどうやるかがたいへんなんだろう!」と言いたくなる案が多くありました。実際、あるアイディアを実用化しようと思い立っても、すでに誰かが特許を取得しているのを知った途端、実用化の努力を放棄する人も多いのではないでしょうか?最初に特許を取得した人が実用化を試みなければその案はずっと埋もれたままか、世に出たとしてもずっと後のことになるでしょう。これは世の中の為にはマイナスではないでしょうか。